地球ディッシュカバリー【第6回?前編】タイ経済とタイ米の今 ゲスト:宮田敏之教授
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お笑いコンビ?ママタルトさんをパーソナリティに迎え、世界の食文化を入り口に、地域の社会や文化を掘り下げるポッドキャスト「ママタルトの地球ディッシュカバリー ?東京外大の先生と一緒?」。教員の専門領域を、料理や言語といった身近なテーマを通してひもときながら、地域の魅力や国際的なつながりを多角的に紹介していきます。
今回のゲストは、東京外国語大学大学院総合国際学研究院の宮田敏之教授。錦糸町にあるタイ料理店「タイランド」を舞台に、タイの経済と米産業について、美味しい料理とともに語り合いました。タイの産業構造、「ジャスミンライス」として知られるタイ米の特徴と世界市場での位置づけ、タイの食文化と経済の関係性について迫ります。
ゲスト: 宮田 敏之 教授
1963年生まれ。東京外国語大学大学院総合国際学研究院?国際社会学部タイ地域研究教授。早稲田大学法学部卒業後、広島県の高校教諭を務めた後、早稲田大学大学院経済学研究科修士課程で学び、タイへ留学、京都大学大学院人間?環境学研究科博士後期課程を修了。天理大学助教授を経て、2005年に東京外国語大学に着任した。東京外国語大学で20年近く教鞭を執り、東南アジア、特にタイ経済の研究を専門としている。1991年に初めてタイを訪れて以来、1993年にタマサート大学、翌年にチュラロンコーン大学に留学し、2年間タイに滞在。その後も毎年2?3回タイを訪れ、タイの米産業や経済動向について調査研究を続けている。特にタイ米の生産?輸出構造や、タイ経済の発展過程における日本企業の役割について造詣が深い。研究者情報 国際社会学部教員プロフィール 研究室を訪ねてみよう
パーソナリティ: ママタルト 檜原洋平さん、大鶴肥満さん
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本場の味から見えてくる、タイの食と文化
────今回、ぼくらが宮田先生にタイのことについて教えていただく学びの食卓は、こちら、錦糸町にあるタイ料理のお店『タイランド』さんです。先生は、こちらにはよく来られるんですか。
ええ、たびたび訪れています。ここ『タイランド』さんは、タイ料理のレストランであると同時に、このすぐ近くに別の店舗『タイランド?ショップ』も経営しておられます。そこでは食材売り場に食事のできるスペースが併設されています。オーナーの横田幸雄社長はタイオリエントという会社を経営されており、タイから40年以上も食材を輸入されています。横田社長の奥さまはタイ人で、食材のショップを切り盛りされています。こちらの『タイランド』というレストランは、オーナーが輸入されたタイの本物の食材を使っておられますし、コックさんも店員さんも皆さんタイ人なので、本場の味と雰囲気をそのまま楽しめるんです。まるでタイにいるような気分になれます。日本にいながらにして、タイの伝統的な味に出会える貴重なお店です。
────まずはタイの基本情報について教えていただけますか。
タイは正式には「タイ王国」といい、東南アジアに位置し、ミャンマー、ラオス、カンボジア、マレーシアと国境を接しています。国の形は北から南へと細長く、面積は日本の約1.4倍ですが、人口はおよそ6,600万人と日本の半分ほどです。
首都はバンコクで、人口の10%以上が集中する大都市です。タイ語では「クルンテープ」と呼ばれていますが、実はこの都市の正式名称はとても長く、「クルンテープ?マハーナコーン?アモーン?ラッタナコーシン?マヒンタラーユッタヤー?マハーディロッカポップ?ノッパラット?ラーチャタニーブリーロム?ウドムラーチャニウェートマハーサターン?アモーンピマーン?アワターンサティット?サッカ?タッティヤ?ウィサヌカム?プラシット」と続きます。「クルン」は都、「テープ」は天使を意味し、その後に多くの修飾語が続きます。インドの影響も受けており、インドの神様への言及もあります。修飾語が名詞の後ろに来るのがタイ語の特徴でして、ありがたい言葉が延々と続く構造になっています。
?経済面では、自動車産業や製造業が発展しており、中間層の拡大も進んでいます。また、タイは世界有数の米の輸出国としても知られています。ただ、バンコクの交通渋滞は世界的にも有名で、移動に時間がかかることも多いです。その一方で、モノレールや地下鉄の整備も進んでいて、少しずつ改善されてきています。こうして見てみると、タイは地理?文化?経済の面でとても多様で奥深い国なんです。
────先生はタイで暮らされていたこともあるんですか。
初めてタイを訪れたのは1991年、大学院1年生のときで、4泊5日の個人旅行でした。そのときに食べたタイ料理、特にジャスミンライスの炒飯とトム?ヤム?クンの美味しさに衝撃を受けました。それがきっかけで、もっと深くタイを知りたいと思うようになりました。
その後、1993年にはバンコクのタマサート大学大学院で、翌年にはチュラロンコーン大学大学院に留学し、合わせて2年近くタイで暮らしました。チュラロンコーン大学は、ラーマ5世の名を冠したタイ最初の大学で、歴史的にもとても重要な存在なんです。
それ以来、毎年2?3回は調査などでタイを訪れていて、今年の11月もバンコク、国際コメ会議のあったパタヤ、東北部などを回ってきたところです。タイは私にとって、第二のふるさとのような存在ですね。
────さて、最初のお料理が運ばれてきました。
タイ料理の定番、「ソムタム」と「トートマングン」です。
ソムタムは、青パパイヤを使ったサラダで、熟す前のパパイヤを細く刻んで使うので、シャキシャキとした歯ごたえが特徴です。ピーナッツや唐辛子、ナンプラー(魚醤)を加えて和えることで、爽やかさの中にピリッとした辛さと旨味が広がるんです。軽やかなのに、しっかり味があって、お酒が欲しくなる一品ですね。
そしてこちらがトートマングン。エビを丸ごとすり身にして揚げた料理で、エビ本来の風味がぎゅっと詰まっています。今回は、はちみつベースの甘いタレで食べます。どちらの料理も、タイ料理の魅力をしっかり味わえます
────2つの料理は、日本のタイ料理店でもお馴染みですが、現地の人たちも、こうした料理を食べているのでしょうか。
はい、もちろん現地の人たちもこうした料理をよく食べていますよ。たとえばソムタムに使われている青パパイヤは、熟す前のパパイヤで、タイではフルーツというより「野菜」としてのイメージが強いんです。サラダや炒め物に使われることが多くて、家庭でも屋台でも定番の食材ですね。それから、トートマングンのようなエビ料理も大人気です。タイの人たちは本当にエビが好きで、国内の消費量も多いんですね。実はタイは、世界的にもエビの養殖が盛んな国で、輸出もたくさんされています。
タイでは、日常的に屋台でごはんを買ってくる文化が根づいています。屋台の数もとても多くて、食材を買って一から作るより、屋台で買った方が安くて手軽、というのが理由のひとつですね。
タイを経済から見る
────先生がタイ経済に興味を持たれたのは、どんなきっかけだったのでしょうか。
きっかけは1991年、大学院に入ったばかりの頃のことでした。当時、東南アジアは「東アジアの奇跡」とも呼ばれる経済成長の真っ只中で、多くの日本企業も進出していた時期でした。私自身、それまで高校で教員をしていたのですが、改めて経済を学び直したいと思い、早稲田大学の大学院で経済学を学び始めました。その中で特に目を引いたのがタイでした。経済成長が著しく、日本との関係も深い国で、研究対象として非常に魅力的だったんです。指導教授の西川潤先生もタイの研究者と交流があり、そのご縁もあって、自然とタイ経済に関心を持つようになりました。さらに、タイといえばお米の国でもありますよね。経済だけでなく、農業や食文化の側面からも興味が広がっていって、そこから本格的にタイの研究を始めることになりました。 ?
────1991年頃のタイ経済はどのような状況だったのでしょうか。
1991年頃のタイ経済は、まさに高度成長の真っただ中にありました。背景には、1985年のプラザ合意による円高の進行があります。当時、1ドル220円ほどだった為替レートが一気に150円台まで円高になり、日本の輸出企業は大きな打撃を受けました。その結果、多くの企業が生産拠点を海外に移すようになり、タイはその主要な進出先のひとつとなったんです。
タイは治安が比較的安定していて、内戦などもなかったことから、海外からの投資先として非常に魅力的でした。1980年代後半からは、こうした海外投資の拡大を背景に工業化が進み、経済は急速に成長していきました。私が留学していた当時も、まさにその真っ只中で、街の風景もどんどん変わっていくのを肌で感じたのを覚えています。
その後、タイは株や不動産を中心としたバブル経済を経験し、1997年にはアジア通貨危機という大きな経済的打撃も受けましたが、それを乗り越えて、2008年のリーマンショックまで自動車や農産物の輸出を支えに、再び成長を続けていきました。1991年というのは、そうした激動の時代の入り口にあたる、非常にダイナミックな時期だったんです。
────その後のタイ経済はどうなったのでしょうか。
アジア通貨危機後は通貨安を追い風に輸出産業が回復し、2000年代には再び経済成長軌道に乗ることができました。特に自動車や電子機器、農産物などの輸出が好調で、安定した成長を続けています。
ところが、近年は再び厳しい局面を迎えています。万博体育官网appの影響で経済活動が大きく制限され、多くの人が収入を失い、生活のために借金を抱えるようになりました。その結果、ローンの審査も厳しくなり、住宅や自動車の販売が落ち込むなど、消費の低迷が続いています。
さらに、ウクライナ危機の影響で原油や食料の価格が上昇し、物価高が家計を圧迫しています。こうした要因が重なって、コロナ後の経済回復は思うように進んでいないのが現状です。タイ経済は、今まさに新たな課題に直面していると言えるでしょう。
────そうした中でも好調な産業はありますでしょうか。
厳しい経済状況の中でも、経済を支えている重要な産業はいくつかあります。代表的なのが自動車産業です。タイにはトヨタ、ホンダ、日産、三菱、マツダといった日本の主要自動車メーカーがほぼすべて進出していて、組み立てや部品製造の拠点として長年にわたり重要な役割を果たしてきました。タイ国内には“タイ発”の自動車メーカーこそありませんが、製造や輸出の面ではアジア有数の拠点となっており、今もなお経済の柱のひとつです。
また、半導体やコンピュータのハードウェア、デジタルカメラなどの製造業も集積していて、これらの分野もタイの工業化を支える重要な存在となっています。
もうひとつ注目されているのが、メディカル?ツーリズムです。タイには高度な医療設備を備えた民間病院が多く、株式会社として運営されているところもあります。ミャンマーなどの東南アジア近隣諸国、中東、さらには欧米からも、質の高い医療を求めて多くの外国人が訪れており、医療を旗印にしたこの分野は急速に成長しています。日本人駐在員とご家族向けに日本語対応のカウンターを設けている民間病院もあり、安心して治療を受けられる環境が整っているのも特徴です。
────自動車のほか、日本からタイに進出している小売業などはありますか。
小売業や外食産業など、さまざまな日本企業がタイに進出しています。たとえば「ドン?キホーテ」や「マックスバリュ」といった小売チェーンは、現地でも非常に人気があります。特にドン?キホーテは、日本国内の店舗並みに商品が豊富にそろっていて、タイ人のお客さんにも日本人駐在員にも好評です。その背景には、タイでの日本食や日本文化の人気があります。毎年100万人以上のタイ人が日本を訪れていて、実際に日本の生活や商品に触れた人たちが、帰国後もその魅力を求めるようになっているんですね。また、小売業だけでなく、外食産業も存在感を増しています。「大戸屋」、「やよい軒」や「モスバーガー」などの日本の飲食チェーンがタイ国内で展開していて、どこも人気を集めています。
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学びを広げるリンク集
訪れたお店の紹介
タイ料理レストラン
タイランド
東京都墨田区錦糸3-12-10(JRまたは半蔵門線「錦糸町」駅より徒歩5分)
『タイを知るための72章』
目覚ましい成長を遂げ、政治、経済、社会がダイナミックに揺れ動くタイを知るための一冊。
『タイを知るための72章』
出版社:明石書店
ISBN 9784750340371
判型?ページ数 4-6?448ページ
出版年月日 2014年7月25日
本体2,000円+税
世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理―
食を通じて文化を知る――そんな体験をもっと広げたい方には、東京外国語大学出版会の『世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理―』がぴったりです。料理から見える世界の多様性を、ぜひ味わってみてください。
世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理― 沼野恭子【編】
ジャンル:食文化?料理?地域研究
版?貢:A5判?並製?224頁
ISBN:978-4-904575-49-9 C0095
出版年月:2015年10月30日発売
本体価格:1800円(税抜)
本記事に関するお問い合わせ先
東京外国語大学 広報?社会連携課
koho[at]tufs.ac.jp([at]を@に変えて送信ください)



